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FUKUOKA BEAT REVOLUTION

39→40 1981年6月27日、“福岡のBEATの革命者”たちが一堂に会した!


既にザ・ロッカーズのOfficial Facebook pageで、2020年6月27日に公開しているが、39年前の1981年6月27日は東京・虎ノ門「久保講堂」で、シーナ&ロケッツ、ザ・モッズ、ザ・ロッカーズ、ザ・ルースターズという“福岡BEAT革命”を代表するバンドが一堂に会したイベント「IT’S ONLY ROCK’N ROLL“たかがロックンロールさ”」が開催された記念すべき日である。

実際は彼らの他にザ・ノーコメンツも出演している。同バンドは京都で結成されたスカ/ニューウェイブ・バンドだが、同バンドのリーダーは福岡の門司市(現在は北九州市門司区)出身。5バンドによる夢の競演だ。

福岡から東京へ進出してきた彼らの東京での初の共演だろう。表題や文頭に敢えて書き記さなかったが、福岡発のビート・ミュージックの総称である「めんたいロック」という言葉は、ザ・ルースターズのスタッフだったトムス・キャビンの麻田浩と、当時はジェニカ・ミュージック、現在はSMASHの日高正博が発案したもの。その名称には毀誉褒貶もある。実際、ザ・ルースターズを始め、当事者は忌み嫌ってもいた。しかし、その言葉は幸か、不幸か、定着してしまい、いまだに“めんたいロック”で通じる。同表現については改めて検証や議論する機会を設けるが、本HPでは“福岡BEAT革命”と新たに名付け、福岡発のビート・ミュージックの革命が彼らのデビューした1980年を前後に勃発、それが全国に拡大し、席巻していったことを改めて書き留める。


ザ・ロッカーズは1980年9月にアルバム『WHO TH eROCKERS』、ザ・ルースターズは1980年11月にシングル「ロージー」、アルバム『THE ROOSTERS』、ザ・モッズは翌1981年6月にシングル「崩れ落ちる前に」、アルバム『FIGHT OR FLIGHT』で、デビューした。シーナ&ロケッツは彼らに先駆け、既に1978年10月にシングル「涙のハイウェイ」で、デビューしている。



ザ・ロッカーズとザ・ルースターズは本2020年がデビュー40周年。ザ・モッズは来る2021年がデビュー40周年となる。彼らが“40周年”を意識しているか、してないのか、わからないが、“40周年”を記念するイベントやリリースなども予定されていたはずだ。しかし、この新型コロナウイルス禍のため、延期や中止を余儀なくされたものもあるだろう。ならば、揃って先延ばしにして、前述のイベントの開催日から起算して、2021年6月27日を“革命記念日”として祝いたいと考えている。


そんなことを考えていたら「IT’S ONLY ROCK’N ROLL“たかがロックンロールさ”」のチケットが出てきた。実際、入場した際に使用したチケットの半券である。福岡のBEATの革命者たちの東京での揃い踏みは東京進出前から彼らを地元で応援していた福岡のファンには感慨深いものだろう。その日は福岡のBEATの革命者によって、東京のロック・ファンは彼らの虜にされてしまった。福岡から東京へ、そして東京から全国へ――まさに“Fukuoka Beat Invasion”を成し遂げた記念すべき日ではないだろうか。

彼らの揃い踏み、それだけでもわくわくしてくるが、同郷だからといって、安易な迎合や妥協などはない。いい意味で競争心を剥き出し、火花を散らした。そんな当時の模様を詳細にリポートすることも可能(といいつつも記憶は曖昧!?)だが、ここは敢えて、書き記さない。実は同イベントの動画がネットに上がっている。「東京12チャンネル」(現テレビ東京)の音楽番組『サウンズクリエーション』(日曜の午後10時30分から30分間放送。洋服メーカー「JUN」提供)がイベントを収録し、放送しているのだ。正式なものではないので、リンクなどは貼らないが、バンド名とともに「久保講堂」、 「1981年6月27日(1981/6/27)」……などと入れると、出てくる。ザ・モッズだけ映像はないが、他の4バンドはその雄姿を確認することができる。是非、探してもらいたい。


チケットとともに出てきたのが鮎川誠と陣内孝則、谷信雄のスリーショット(関係各所の許可が下りれば、いつか、公開したいところ!)。久保講堂のライブではなく、日時や場所も不確かだが、1981年2月、もしくは3月の東京・渋谷のライブハウス「屋根裏」のザ・ロッカーズのライブに鮎川がゲスト出演した時のものらしい。撮影そのものも私がしたもので、現像所などではなく、町の写真屋さんに現像と紙焼きをお願いしている。その袋には受付日が3月4日となっていた。


思いもかけないチケットや写真、資料などが出くるのはこの自粛期間中の“整理整頓”の賜物といっていいだろう。これは偶然ではなく、必然ではないだろうか。何か、倉庫の奥底から見つけ出してくれと言われたような気がする。


こんな状況のため、イベントやリリースなど、なかなか、決まらないが、既にシーナ&ロケッツを始め、少しずつ動き出している。具体的なスケジュールは各バンドのHPやSNSなどを確認していただきたいが、来る2021年6月27日には40年目の『1981年6月27日・東京・虎ノ門・久保講堂「IT’S ONLY ROCK’N ROLL“たかがロックンロールさ”」』を祝うことができればと密かに思っている。福岡BEAT革命の“勝手連”として、40周年に向けて、盛り上がっていきたい。『2021年6月27日・東京・虎ノ門・久保講堂「IT’S ONLY ROCK’N ROLL“たかがロックンロールさ”BUT I LIKE IT!“だけど、それが大好きさ”」』なんていうイベントもしたいもの。彼らが一堂に会することなど、まったくの妄想だが、その日を記念して、何か、イベントが実現したら嬉しい。勿論、久保講堂自体は1984年に閉館されているので、同所での開催は無理だが、どこか、彼らに相応しい場所があればとは思う。幸いなことに彼らはいまも現役で活躍している。心強いばかり。ザ・ノーコメンツのリーダーだった佐原一哉もネーネーズや古謝美佐子、桜川唯丸などのプロデューサーとして活躍している。みんなで望めは、それは夢でなくなる……かもしれない(!?)。

まずは、「40周年」に向けて、福岡発のビート・ミュージックとは何だったのか、その軌跡と魅力を掘り下げたい。彼らの存在を改めて世に問いたいと考えている。実は、そのためにこのHPを作った。“39”から“40”へ――カウントダウンは既に始まっている。「福岡BEAT革命」を盛り上げていければと思っている。私達は彼らのロックが日本のロックを新たなステージへと押し上げたことを忘れてはならない。



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